| 第五回 積川神社・神輿見学 平成19年2月18日 於:積川神社 |
今日は、岸和田市山手の積川(つがわ)神社に神輿見学。
神輿と地車の役割の違いを学びます。
貸切バスが到着。当日は現地集合組と岸和田駅集合組に別れて合流です。
多少雲行きが心配ですが、天気は上り坂のようです。


出発から15分。牛滝街道を上がります。山手の風景になってきました。

約30分。積川神社に到着。


和泉国の五社(大鳥大社・聖神社・穴師神社・積川神社・日根神社)の一であり地域住民はもとより、皇室からの崇敬も厚かったようです。

まずは、カミサマにご挨拶。

宮司さんから神社の由緒をお話していただきました。

境内の会館に移動

今日は相当山手に上がってきました。地図で現在位置を確認します。

泉州では地車が発達し神輿にあまり馴染みがありません。
まずは、ビデオで神輿が担がれる姿を見ます。
積川町の方にご提供いただいた昭和63年・岸和田城築城400年祭の時の映像です。
この時は岸和田市内54台の地車と積川神社の神輿が岸和田城下を練り廻りました。
掛け声は『チョーサジャ・チョーサ』
無病息災を願い沿道の人々が神輿の下を次々と潜ります。
神輿は魔除けの鈴を振り鳴らします。

宮司さんから神輿と地車の役割について解説です。
神輿にはカミさまが乗り地車にはヒトが乗ってカミさまと一緒に賑わいます。
中世には岸和田の浜(磯上のあたり?)まで神輿が渡御したと言われており、
近年は4年に一度、八木地域(久米田池付近)の「額町」まで御渡します。
写真の扁額は、平安後期、白河上皇が熊野御幸の際、熊野街道(神社から浜手へ7、8キロ程下ったところ)沿いの遥拝鳥居
の扁額の拙筆を見て自ら筆をとったものであると伝えられています(現在は複製)

岸和田市内には積川神社の他、「山直(やまだい)神社」「矢代寸(やしろぎ)神社」の2社でも神輿が出ます。
室内での解説が終わり、境内に据えられた神輿を見学。
今回は、神社と氏子さん達のご好意で、特別に庫から出して頂きました。


宮司さんから神輿の解説。祭礼当日、カミさまがお入りになる扉を開けていただきました。
鳥居は、これより先は聖域であるとの印とのことです。

殆どの子供達は、神輿を間近で見るのは初めてです。

庫に安置されている淀君(豊臣秀吉の側室)寄進と伝えられている神輿です。
左の写真は相当古い写真です。

手前は二代目の神輿。獅子頭もありました。

矛や傘、獅子頭など、神輿渡御の際に使用されたと思われる神具も残っています。
大変勉強になりました。宮司さん本当にありがとうございました。
ここで今日は解散のはずですが、前回に引き続き大きなオマケが付きました。


神社に隣接する積川町の地車を町の方々のご好意で見せていただけることになりました。

町の方にご挨拶。


まずは地車をぐるっと廻ります。



この日は特に良い質問が多かったです。
町の方々をはじめ塚本先生、森田先生が丁寧に答えてくれました。
積川町の皆さんありがとうございました。

今日も盛りだくさんの内容でとても充実した。
次回は久々の室内。だんじり会館で「鳴物」について学びます。
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