| 第8回 池と寺と神社と 平成19年3月11日 於:久米田池・久米田寺・夜擬神社 |
今日は昼ご飯を挟んでの長丁場、久米田池・久米田寺から夜擬神社まで歩きます。

取水塔(旧・中樋)から望む龍臥山髓r院・久米田寺。

午前9時30分。久米田池の畔にある久米田池交流資料館に集合。
今回は今までで一番冷え込みます。気合いを入れて出発です。

まずは久米田寺内の大師堂へお参り。

久米田寺開基の行基がお祀りされている開山堂(行基堂)。

久米田寺華厳院の青木英雄老僧さんに行基堂の前でお話をしていただきました。
今日の進行は森田先生です。

久米田寺(くめだじ)
開創 天平六年(734) 開基 行基
現在は高野山真言宗ですが、元々は久米田池の維持管理を目的として建立されました。
久米田寺というのは阿弥陀院、華厳院、五大院、多聞院、明王院の塔頭子院五ヶ院の総称で
年番(任期2年)で代表寺が回ります。
老僧さんのありがたいお言葉に、一般の参詣の方も一緒に聞き入りました。
場所を久米田池交流資料館に移します。


水利共同体・久米田池郷(久米田池土地改良区)の理事長・川中安雄さんのお話です。

大阪府下最大の面積を誇る溜池です。




資料館から頂いた『よみがえる、久米田池』と『平成17年八木祭礼年番冊子」、「岸和田全図」で勉強です。
久米田池の水を利用するのは
「池尻」「田治米(岡山)」「大町」「西大路(東大路・今木)」「箕土路」「下池田」「小松里(額)」
「荒木」「中井」「吉井」「春木」「加守(西之内)」の12ヶ町。
プロジェクターで樋や養殖、とんど焼きの説明です。



秋の祭礼、1日目の夜擬神社の宮入りに続き、2日目には「行基参り」と称して、
久米田池の恩恵を受ける13ヶ町の地車が境内に集まります。
神社の例祭における神賑として曳き出される地車が、神社の境内に入るという非常に珍しい行事です。
この日は行基さんがお祀りされている行基堂に向けて地車が据えられ、堂内で法要が営まれます。
13台もの地車が一堂に会するのは八木地域の祭礼の大きな特徴です。

11時30分。交流資料館で昼食。

1階には江戸時代の絵図や取水順位を記した古文書がありました。

前日は雨で心配でしたが、だんだん天気になってきました。

川中さんの案内で、一番樋(大門樋)のモニュメントの見学です。



昔は1番樋(大門樋)、2番樋(中樋)、3番樋(乙樋)の3ヶ所から久米田池の水が各村に分水されていましたが、
現在は大門樋と中樋は取水塔に統合されています。
遠くに乙樋が見えます。

↑写真は2年前に撮影したものです。乙樋は昔の構造を留めます。

久米田寺大門前を通って久米田池を後にします。


途中の池尻町地車小屋で少し解説がありました。詳しくは「八木年番冊子」を見てください。
番号持は行基菩薩像です。

池尻町の小屋から少し下ると「一の研ぎ(戸木)」と呼ばれる分水があります。

途中、久米田池からの主灌漑水路「天の川」を横切りました。
取水塔(中樋)から流れる川で、遠く春木まで流れて大阪湾に注ぎます。

大町の地車小屋前でも少し解説がありました。

小栗街道(熊野古道)を渡ります。旧道はもう少し浜手だったようです。

数日前に急遽、箕土路町の地車見学が決まりました。

保存会の会長さんからご挨拶。

平成15年新調の地車で、彫物は織田信長一代記で統一されています。
土呂幕正面と見送りは本能寺の変。岸田恭司さんによる躍動感溢れる彫物が刻まれています。

江戸時代は天の川を挟んで、七夕宮と犬飼社があり、七夕伝説が残る地域です。
地車の随所に、七夕や稲作に関する彫物が施されています。
水板には天の川の流水が施されていました。

木鼻は米俵を抱く唐獅子。俵からは鼠が顔を覗かせています。左の獅子は稲穂を銜えています。

番号持は短冊を持つ弥生時代の箕土路人

左右の竹の節は、町内にあった溜池で鯉を捕る箕土路童です。
摺出鼻には七夕伝説・牽牛織女が彫られています。
急な申し出にも拘わらず地車を出していただきました。箕土路町の皆さんありがとうございました。
箕土路町を後にして中井町・夜疑神社へ向かいます。


整備された新天の川。この周辺は弥生遺跡が多数存在します。

くねった村中の道を進みます。左手に地車小屋が見えましたが地車が入っていません。
遠くで鳴物の音が鳴っています。


なんとっ!参道の先に地車がっ!
夜擬神社の宮本・中井町の地車です。
鎮守の杜に囲まれた神社の境内に据えられた地車には神聖な雰囲気が漂います。


町会長さんと曳行責任者さんにご挨拶。



少し天気が崩れてきました。地車に合羽装着。


若頭の方から中井町の地車について解説していただきました。
今にも飛びかからんとうする「いきり馬」が中井の彫物の特徴です。

今回で地車見学は最後です。質問もたくさんでました。
最後に中井町のポスターまでいただきました。ありがとうございました。
続いて夜擬神社の禰宜さんのお話です。
夜擬神社のHPはこちら



まずは全員でお参りします。

元々は各村それぞれに産土神社があり、夜擬神社も中井一村の産土神社でした。
明治後期に八木村の各産土神社がここ夜擬神社に合祀されました。
夜擬神社は延喜式にも記載されており、古代より有名な神社でした。

日本の神社の特徴は「鎮守の杜(ちんじゅのもり)」があることです。
このような杜にカミさまが宿ると考えられています。

お話の後、夜擬神社さんから鉛筆を頂きました。これで勉強すれば頭が良くなるはずです。

警察の許可までとっていただいて境内に地車を移動していただきました。
中井の皆さんありがとうございました。


地車小屋へ地車を直すために少しの距離ですが移動します。
参道の入り口の鳥居前まで地車の後ろを付いて歩きました。
動いている地車を見るのは、「こども教室」ではこれが初めてです。
感動しました。



中井の地車が旧道を帰っていきます。
こども教室の生徒はここで解散です。

久米田寺・久米田駅へ帰る生徒はバスを利用しました。
久米田寺から夜擬神社まで徒歩約45分。
夜擬神社の氏地は相当広いということを実感できました。
夜疑神社氏子町11ヶ町の地車は祭礼一日目に夜擬神社に宮入りし、
二日目には久米田寺行基堂に行基参りを行います。この時は久米田池と関わりのある「田治米」「今木」の二町も加わります。
神社と寺、地域共同体について学べる良い機会となりました。
次週は岸和田城下を郷土史家の玉谷先生と歩きます。
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